世界を問い直すための肖像画
羅展鵬の人物画と時代への感受性
取材‧文|曾筱如(ツォン‧シャオルー)
画像提供|羅展鵬(ラ‧チャンペン)
No.600『アーティスト』誌 アーティスト羅展鵬インタビュー掲載(pp.94〜99)
羅展鵬は、写実的な肖像画に一貫して取り組んでいる台湾出身のアーティストである。人物の表情や神髄を精緻に捉えるその作品は、見る者に強い印象を与える。彼の緻密で熟練した筆致は、見る者を作品の中に引き込む。しかし、羅の追求は外見の再現にとどまらない。彼の肖像画は、自身が置かれた時代的文脈や人文学的な問いから生まれ、観者をより深い鑑賞体験へと導く。それは、視覚的表象にとどまらず、歴史、文化、そして自己認識をめぐる多層的な対話なのだ。
2009年、国立台湾師範大学の西洋画専攻修士課程を修了した彼は、初の個展「ストロベリー世代スタジオ襲来」を開催した。ここでは、しばしば「打たれ弱い」と評される自らの世代「ストロベリー世代」をテーマに、社会の価値観が転換する時代に自我を模索する若者たちを描いた。登場人物は挑戦的な姿勢を取ったり、身体に傷を負っていたりと、外面的な強さの裏にある空虚さやアイデンティティの不安を露わにしている。これらの作品は、作者自身の状況への真摯な応答であり、観者に対して強烈な自己表現と卓越した描画技術を示すものだった。
その後も「白面者」「霧の行者」「墨嵐」「歴史に変えられた人々」「歴史を変える人々」といったシリーズを次々と発表。2024年からは「ホームシック(思郷症)」シリーズも始動した。油彩、アクリル、インクなど様々な素材を用い、視覚的にも多層的な表現を試みているが、羅にとってこれは単なるスタイルの変化ではない。人生経験と文化的アイデンティティの変遷に伴って自然と発展してきた、終わりのない探究の道なのである。
例えば、「歴史を変える人々」では、時代を動かした歴史上の人物の肖像を描き、彼らが持つ権力とその象徴性を表現。一方「歴史に変えられた人々」では、包帯を巻き、叫び、あるいはじっと観者を見つめる子どもたちを描く。彼らは歴史の舞台で匿名かつ無力な犠牲者として描かれる。両シリーズを並置することで、権力構造と歴史と個人の関係性を鮮明に浮かび上がらせている。
「ホームシック」シリーズは、羅が2024年にEB1-A(卓越能力者ビザ)を取得し、12月にロサンゼルスに移住した後、現地での生活体験を経て生まれた。そこでは、水墨画のようなにじみや、線描、浮世絵的な装飾要素を取り入れ、アメリカの観衆を意識しながらも、異郷における自己の文化的ルーツを問い直している。過去の作品との脈絡を統合し、東洋的精神と現代的感覚を融合させた独自の表現を模索している。
彼の画家としての成長は、中国文化大学在学中に受賞した複数の絵画賞にさかのぼる。それらの奨学金によって実現したヨーロッパ美術館巡りが、決定的な転機となった。パリのルーヴル美術館やフィレンツェのウフィツィ美術館など、古典絵画の宝庫である施設で、彼はほぼ一日中作品の前に立ち尽くし、肌理や光沢、質感を観察した。
中でも、ジャン=オーギュスト=ドミニク‧アングルの作品が持つ、柔らかで滑らかな光沢に深く惹かれたという。その質感は、長年淹れ続けた茶器に蓄積される艶のようであり、言葉にし難くも感覚に強く訴える物質的な美しさだと彼は語る。
帰国後は、材料や技法の研究に没頭した。書籍や画集を読み漁り、顔料を自作し、古典画家の制作プロセスを模倣することで、ヨーロッパで目にした絵画の質感と精神性の再現を試みた。その訓練はまるで時代を遡るようであったが、半年に一作というペースでは現代生活に適応できず、素材の入手も難しくなったため、継続は困難だった。しかし、この経験を通じて彼は「今、ここ」に立脚することの重要性を認識し、現代文化に対応した絵画体系を構築する方向へと舵を切った。
また、レオナルド‧ダ‧ヴィンチの自習法にも影響を受け、人物デッサンでは骨格から描き始め、筋肉、皮膚、毛髪へと段階的に構築する。この内から外へと積み上げる描写法は、単なる技術修練ではなく、物を見る視点そのものを鍛える行為でもあった。
羅はまた、ルーヴル美術館に展示されている多くの名画が未完成であることにも着目した。未整理の筆致や構図の骨組みは、当時の画家が形と質感をどう捉えていたかを如実に伝える。彼は言う──「古典画家の作品とは、彼らの眼に映った世界の再現ではなく、彼ら自身の理解によって再構成された世界なのだ。」
この発見により、羅は写実技法の模倣という罠に陥ることがなかった。技法とは世界を再現するためではなく、見るため、理解するための手段なのだ。こうした認識が彼の創作視野を広げ、単なる形態や物質を超えて、感情、文化、時間の痕跡を画面に残すことを可能にしている。
彼の絵画に登場する髪の一本、肌に浮かぶ血管、漂う煙や塵、破砕した物の輪郭──そうした細部の精緻な描写は、写実を超えて非現実的にさえ見えるが、かえって日常のリアルに寄り添うことで観者に強い共感を呼び起こす。
羅が目指すのは、そうした共鳴を通じて観者の心を揺さぶること。作品に近づき、その筆致を凝視することで、感情や記憶の層へと導かれる体験を喚起しようとしている。
羅展鵬は写実肖像に長けた画家であるが、その創作は決して外形の忠実な再現ではない。彼が描く顔は常に、他者の観察を通して、自らの文化的背景や時代の感受性への応答でもある。
その人物たちは必ずしも特定のモデルを持たず、むしろ具体的な姿を借りて、時代の矛盾や傷、渇望を映し出す鏡として機能する。
羅が人を描くのは、肉体を通じて人間がいかに精神‧経験‧文化意識を担う存在たり得るかを探るためである。彼にとって肖像とは、世界を問い直す手段なのである。技法から構図、細部から全体に至るまで、彼の作品は複雑な経験と文化的意味を受け止める空間として構築されている。
だからこそ、羅の肖像画は単なる個人の再現にとどまらず、時代の心理を映す断面であり、観者自身が己の立ち位置を見つめ直すための鏡ともなり得るのだ。